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そりゃまあ僕も

20代会社員、男。音楽、カメラ、時事ネタなどの雑記日記です

とてもつらい

音楽や小説が好きな人が書いてます。主なカテゴリ↓

10ヶ月酒を絶ってました

雑記 雑記-日記

いろいろあって、1月の半ばからぱたりと酒を絶ち、気づけば今年もあと2ヶ月が過ぎるところである。10ヶ月、ほとんどお酒を飲まなかった。

飲まない人からすればたかが10ヶ月というかもしれない。
だけど、20歳の誕生日を迎えた年から、こんなにも酒を飲まなかった期間は僕にはなかった。
逆に、それまでは無意識的に酒を買い、飲んでいたという事実も僕にとっては驚きだった。

僕は酒飲みの家系に生まれ、親戚一同が酒で潰し合う文化で育った。
飲み会を断ることは成人男性として屈辱を感じるべき行為であり、例え飲み会が無くとも自宅で家族相手に酒を飲まなければならない。
この手の文化を、僕は酔った父親の説教から学んだ。

酒を飲んだ父親は、耳障りの悪い正論を僕に向かってよく語った。
僕が何よりも不快だったのは、その正論が父親そのものの言葉ではなく、どこかの「飲み会」で仕入れてきた誰かの言葉であることだった。
仕事終わりの飲み会で偉い人の説教に耳を傾け、そこで得た知識をまた別の飲み会でせっせと披露していたのだ。

だからその言葉か果たして父親自身から発せられていたのか、今でも僕にはわからない。
ただいずれにせよ、僕はひとつ決心をしていた。
こんな飲み方をする大人にはなるまい、と。


もちろん、僕はそんな飲み方をする大人になった。
今年の一月、僕は目を逸らし続けていたその事実に向き合うことになった。

友人との新年会のあとで、酔いを冷ましながら部屋の片付けをしているとき、
僕はその日酔って語ったことの全部がスッカラカンの嘘っぱちであるように感じてしまった。

自分が空っぽであることは今に始まったことではないにせよ、その日酔ったときの自分はそれに輪をかけてひどかった。
会話の空白を埋めるように誰かの言葉を借りてきて、そうして感じた罪悪感を流すように酒を飲んでいた気がする。

そしてその姿を、終始誰かに晒し続けていた飲み会になってあたワケだ。
それを回想しているとなんだかめちゃくちゃ気持ちが悪くなってしまって、
一連のプロセスの何もかもが自己嫌悪に結びついて。全部嫌になって。。。
結果、酒をパタリとやめた。以来10月までほとんど全く飲んでいなかった。


最近になってようやく、仲のいい人と一緒
ならお酒が飲めるようになってきた。
お酒と悪いイメージとを切り離すことができるようになったのだと思う。
1人で飲むことは無くなったけれども、また人と出会うきっかけを作れるのが嬉しい。

いま思えば、僕は父とは違って酒そのものよりも、酒を飲む場が好きだったんだろう。
その時、自分の目の前で酔っ払ってる人が、その人の大好きなものを語ってくれるあの、シチュエーション。
誰もが自分の好きなもののために酒を飲んでる場所が大好きだった。
酒の席に同席していれば、おおよそ自分も集団にコミットしている気分になれた。
そういう勘違いのことを、人は「酔っている」と呼ぶ。

たぶん。
これからも少しずつお酒を飲む機会に恵まれたとしたら、できるだけに人に迷惑をかけないように、面白いことばかり楽しい気持ちだけで帰れるようになれればいいなと思う。