読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

そりゃまあ僕も

20代会社員、男。音楽、カメラ、時事ネタなどの雑記日記です

とてもつらい

音楽や小説が好きな人が書いてます。主なカテゴリ↓

トイレ空間に広告が少なすぎる問題

雑記 雑記-日記

トイレがもっと情報を押し付けるおぞましい空間になったらどうしよう。
そんなことがぼんやりと気になってきた。

我々は日々必ずトイレに行く。トイレに行かざるを得ない。
我々の人生はトイレを知らずに始まり、トイレを覚えることから始まる。そして、常にトイレの場所を頭のすみで把握しながら生活している、いわば行動や思考をトイレに縛られながら生きる。

トイレに座りウォシュレットのスイッチを押して老いを迎えるものは、日々トイレを使いトイレを住処とする。松尾芭蕉が言ってた。
そして僕らはいつか、誰かにトイレの世話をされながら死んでいくのだ。

ここまででわかるように、僕たちは生理現象をトイレという設備機器の場所によって束縛されている。
初めて行く場所ではまずトイレの場所を確認するはずだ。普段の通学・通勤路における、綺麗なトイレを把握している人も少なくないだろう。会社や学校でもお気に入りの個室がある人は少なくないはずだ。
そう、我々は管理されている。身体的にも精神的にも。
そして我々を支配しているものたちは、今日もトイレを作り据付維持管理している人々たちだ。


カミソリを作っているジレット社の社長は「今この瞬間も人々のヒゲが伸び続けてると考えると安心して毎晩寝ることができる」という趣旨のことを言ったらしい。 

 

経済ってそういうことだったのか会議 (日経ビジネス人文庫)

経済ってそういうことだったのか会議 (日経ビジネス人文庫)

 

 



恐らく、TOTOやLIXILの社長も同じことを思っているだろう。日々の便意と衛生意識は彼らを社会的強者にする。もしかしたら、より革命的で支配的で奴隷生産的なトイレを作る責務を背負っているかもしれない。
それを止める手立ては僕らにはない。僕らのケツに肛門がある限り。


まあそんなことよりも、トイレに必要な情報の話をしよう。

トイレ、トイレ空間というものは様々な仕様が決定されて構成されている。
トイレの場所、トイレの数、便器の種類、ウォシュレットの有無、紙のダブル/シングル、手洗いの有無、便座シート、幼児用便座、壁材・床材、給水方式、排水方式、掃除具合、芳香剤の種類、サニタリーボックスなどなど
ざっとトイレ空間を構成する要素を挙げていけばキリがない。
これらは「人間が快適に便を処理し、衛生面を維持する」という目的でトイレ空間を成り立たせている。

そこでふと気になった。
どうしてトイレには広告が乗り込んできてこないんだろう?
よくかんがえれば、我々は日々の排便のたびに視線のやり場に困っている。
男子小便器の前には取り立てて面白いチラシが貼ってあるわけでもなく、個室もまた然りだ。
たまに居酒屋が経営理念を貼ってたり、サービスエリアに事故注意の張り紙が貼ってあるけど、それを除くと我々がトイレで出会う広告は極端に少ない。

せいぜい、「綺麗に使え」と書いてあるくらいだ。

だからトイレは広告媒体になりうるのでは無いか。
例えば電子ペーパーのようなものをもちいて、女性トイレの個室の壁で生理用品の広告を流すとか、立ち小便してるサラリーマンの前にニュース速報を流すとか、何かしら需要がある気がするんだろうけど、なぜかない。
トイレには広告が無い。なんでだろう。

僕も色々考えたけど掃除の問題とか管理の問題とかくらいしか思いつかなかった。 

まあ、ともかく、現状でトイレで広告を強いられる必要が無いのは、我々の世界が最低限の良識を持ってることの証左でもある。

男子トイレで置き引きを恐れる必要がないのと同じように。世界は案外優しいのだ。

 

仮にトイレ的反発を乗り越えた上で、トイレに広告を出すなら、それは果たしてどんな情報の広告なんだろう?
脱毛や石鹸の広告から始まって、結局「綺麗に使いましょう」っていうスローガンに戻ってきてしまう気もする。

 

世界一のトイレ ウォシュレット開発物語 (朝日新書)

世界一のトイレ ウォシュレット開発物語 (朝日新書)