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そりゃまあ僕も

20代会社員、男。音楽、カメラ、時事ネタなどの雑記日記です

とてもつらい

音楽や小説が好きな人が書いてます。主なカテゴリ↓

表彰台にサプライズで呼ばれる妄想と防弾シールドについて

中学生だった頃、朝礼の表彰台にサプライズで呼ばれないかとよく期待していた。

普通、表彰される人というのは事前にちゃんとした通達されているはずなので、実際にはありえないことだ。
加えて、僕は部活もやってなかったし遅刻と忘れ物ばかりしてた挙句、自分の殻にこもって友達すらいなかったから、表彰されるに値すらしない。

表彰される人たちは決まって僕よりも黒く焼けていて、自信に溢れた目をしていて、休み時間に誰かの悪口で盛り上がれる人間だった。
おまけに僕は背の順で一番前だったから、彼らの栄誉ある瞬間を最前列で眺めるのが常だった。
校長先生と向き合う彼らの表情が、僕の位置からははっきりと見えた。みんなニヤけ顔を抑えるのに必死で、表彰文の内容なんて誰も聴いてなさそうだった。

本当にこんな奴が県大会で入賞しているのだろうか?と、僕はよく考えた。
退屈な朝礼の時間稼ぎを目的とした表彰によって、大多数の人々の時間を奪うような奴に何を褒められる点があるだろう?

言うまでもなく彼らには褒められる点が多数あった。
それは僕が関わりのない、どこか正々堂々とした表舞台でなされているはずの達成だった。
彼らは土日を潰してどこかの体育館に向かい、何かしらの競技に参加して勝ち進み、そこで表彰されているらしかった。
そして、彼らは、表彰状やメダルやらを一度学校に預け、全校集会でもう一度わざわざ授与されていた。
全てがバカバカしかった。自分が関係ないとなると尚のことバカらしかった。

バカバカしさが表彰における重要なファクターだとしたら、僕がサプライズで表彰される可能性は十分にあった。何もやっていないのに表彰されるとしたら、それはもうバカらしさ以外のなんでもない。
なんなら、「友達がいないから悪口を言わない」とかそんな口実をつくって授与してもらっても構わなかった。
そのほうがよりバカバカしさに論理的な説得力が与えられ、一連の儀式に神話性が与えられるはずだ。

もちろん、僕にサプライズが起きることは無かった。
論理性や神話性なんて、誰も必要としていなかった。


僕が表彰のステージの上に立つ機会が3年間で年間で一度だ現実があった。
卒業証書を渡されるときだけだ。
決められたコースを歩き、同じ文章を読まされ続ける校長先生に向き合った。
僕は3年間毎週のように行われた朝礼を思い出し、最前列を陣取ってきた誇りを胸に周りを見下せる位置に立った。
僕は精一杯の真顔を作り、ニヤけるための口実を探した。何ひとつ思いつかなかった。
参加賞のような卒業だった。
階段を下りて座席に戻る段階になってようやく、二度と学校に来なくていいことが嬉しくて、僕は少しだけ顔を崩した。
卒業証書を何処にしまったか、もう覚えていない。


最近、トロフィーや楯はamazonで売っていることを知った。
自分自身に与えるか迷いつつリンクを辿っていたら、いつの間にか武器コーナーに迷い込み、気づいたら対ハンドガン用防弾シールドのレビューを熟読していた。楯と盾を間違えていた。

 

対ハンドガン用 防弾シールド

対ハンドガン用 防弾シールド

 

 

 

そもそも、僕が僕自信を褒め称えられる要素なんてひとつもない。

これからも自分の殻を強化すべく、防衛費を惜しまないようにしたい。