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そりゃまあ僕も

20代会社員、男。音楽、カメラ、時事ネタなどの雑記日記です

とてもつらい

音楽と小説とカメラが好きな人の日記です。主なカテゴリ↓

おそ松さんの24話を発達障害にこじつけて鑑賞した

見ました?おそ松さんの24話。

なんか、発達障害者の人たちが障害を隠して就職活動するときの話に見えませんか?

見えませんよねー。コジつけですよね。そう。こじつけて鑑賞しました。僕。

クローズドで就活する人たちのエピソードに、よくある気がしたんです。

一人ひとりに対しての感想を書いてから、

なんでそう思ったかを書く。個人的メモを兼ねて。

 

 

・チョロ松(三男)

就職が決定・会社の寮で一人暮らしをすることになる。

 

これまで真面目ぶった発言に行動が伴わず、自意識を肥大化させてきた。

衝動的に将来に向けた大風呂敷を広げるものの、計画性が無い。

ドラマCDのコメンテータリーでは声優に「一番のクズ」と罵られ、

劇中でも散々口先だけだといじられている。

 

 

そんな彼が就職することになった。

ただし、父親の縁故である。彼自身の特性はクリアされているのだろうか

チョロ松は「口先のやる気だけはある」人として描かれてきた。

就職先の話、面接はそれで乗り切ることができるだろう。

しかし、その後、続けられるのだろうか。

飲み会で先輩に叩かれていた。あれが新人の失敗に留まればいいけど。

 

 

・トド松(末弟、六男)

一人暮らしを決意し、ボロアパートに住み始める。

 

彼は媚を売るのが得意な一方で、他人の心が分からない。

ハイコンテクストなコミュニケーションが苦手で、他人との距離感が図れない。

そのため、これまでもドライモンスターなどと呼ばれ散々イジられてきた。

自立心は比較的高い。何度も6つ子コミュニティ以外への所属を試みている。

広く浅い人間関係と、人を切り捨てるように見える態度。

なんというか、その、うん・・・

 

 

チョロ松の自立をきっかけに、彼もついに自立を成功させる。

ただこれまでの自立作戦との決定的な違いがある。

6つ子コミュニティを完全に断ち切ったことだ。

6つ子の中での自立を捨てた彼は、広く浅い人間関係を維持できるのだろうか。

四男・一松による「あざといだけ、そのうち飽きられる」という看破で推測すれば、

トド松の人間関係の広さは、「飽きられる」ことの裏返しにある。

色んなコミュニティに属しては、離れるようなサークラ的コミュニケーションを続けるかも。

自立心が高い彼は、広い社会そのものに対しては孤立してしまうんじゃないだろうか。

 

 

 

・カラ松(次男)

チビ太の家に居候。ハロワ通いを始める。

 

カラ松はカッコ付けの「イタい」キャラである。

ナルシストだらけの6つ子の中でも、目に見える形で現れている。結果、イタい。

加えて、待ちの姿勢が目立つ。女性に対しても社会に対しても、彼は自分から動くことがない。

だから「イタさ」と「ウザさ」ばかりが悪目立ちしている。

ただその一方で、意外に普通だったり常識的だと感じる場面も多い。

「シコ松」の際は、「不満があれば言ってほしい」と言うし、「一松事変」では一松をかばう。

そういや自意識は透明だった。

 

24話の彼はもうイタくない。むしろとても痛々しい。

社会に属するため、ただただ土下座をするしかない。

チビ太に土下座し、ハロワに土下座する。これまでの待ちの姿勢が反転したかのようだ。

その身一つで社会に挑む姿勢が、僕には普通の人間であるように映った。

 

 

・十四松(五男)

バイトを見つけたことを契機に一人暮らしを始める。

 

 

突拍子の無いおバカな言動で底が見えない。正にピエロである。

空気を読まず、衝動的で落ち着きがない。それが笑いの源泉にもなっている。

ギャグの中心にいる一方で、「十四松の恋(彼女回)」ではシリアスな失恋を経験している。

「十四松の恋」を1話完結・番外編とするか否かで、

十四松のキャラクター像の捉え方に違いがあると思う。

基本的に、おそ松さんは一話完結で、話を積むことが少ないからだ。

ともあれ、考えているのかが分からない二面性のあるキャラが十四松である。

 

 

続々と兄弟が自立する中で、彼もバイトへ応募し続けていたようだ。

「人とまともに会話できない」とまで言われていた彼が、なんと敬語で電話応対をしている。

つい彼女回を連想した人も多いだろう。

ピエロではない彼が、どこまで社会に通用するんだろう。

少なくとも、既にボロボロのようだ

 

 

 

・一松(四男)

十四松の自立を見届けた後、一人で家を出る。

 

 

兄弟の中でも無口でマイペース。髪はぼさぼさでジャージ姿。

友達がいない。ぼっちであることが度々強調されている。猫好き。

自分のペースを守るだけで精一杯であり、人を裏切ってしまうことが怖い。

しかし、6つ子コミュニティの中では、「空気を読む」ポジションに立つこともある。

エスパーニャンコによって本音がダダ盛れになったせいで、その後も内面が見えやすい。

ギャグキャラの十四松とペアで行動していることも影響している。

 

 

彼は自立して、文字通り一人になった。

家族はもちろん、彼が親友と呼ぶ野良猫たちからも離れた。

属するコミュニティが無い。仕事はもちろん住居すら無い状態、

さらに言えばそこからどう社会に挑むかの足がかりすらない。

挙句、行き倒れかけの状態で、カップルに助けられるシーンがある。

優しさや暖かさよりも、それらに頼らざるを得ない人たちの孤独を感じてしまった。

 

 

 

・おそ松(長男)

6つ子の長男。ちょっと省略する。

 

 
 

 

 

アニメのキャラクターが発達障害者っぽく見えることがある。

創作の世界では性格や能力の濃淡がはっきりする傾向がある。

そしてそれがときどき、現実世界を生きる人たちの発達凸凹に見える。

 

 

 

発達障害的に見える描写が、良い・悪いと言う気はない。

まして差別だ配慮がないなどと騒ぐつもりもない。

ただ、「発達障害っていう型にこじつけて見ると、シニカルでゾッとするなあ」と思っているだけである。

もちろん、現実の診断基準を僕は理解していない。

漠然と「発達障害的特徴」をキャラクターにコジつけている。

だから、具体的な障害の名称を用いてカテゴライズすることまではしない。

一般的な(wikipedia的な)知識で、それっぽいなと決めつけているだけだ。

僕はこの発達を絡めた歪んだ見方を凸凹目線と呼んでいる。

 

 

で、アニメを凸凹目線で見るとどうなるか。

 

別にどうもない。ただ「ゾクッとする」。

「もしも、あのときブレーキが間に合わなければ」

と考えたときの「ゾクッ」に似ている。

その悪寒から何を学び取っているのかというと、

それはまたパーソナルな問題だからあえて書かない。

 

まあ、中学生女子の妄想みたいなものである

彼女たちが死後の世界設定をコジつけるように、

僕は僕で発達障害の設定で、意図的な誤読を行っている。

 

 

そういうわけで、おそ松さんの最新話「手紙」も凸凹目線で見た。

ここのところゾクッとする話(「チョロ松ライジング」、「トド松のライン」)が多かったけど、

今回の就職描写はそれを積んで一層ゾクッとした。

 

24話から本来取り出されるべき物語は

「ダメな兄弟の自立と、6つ子コミュニティの崩壊」

とかそんなものだろう。

 

しかし、そんな彼らの「ダメ」さが実は生まれ持った障害だったら。

そんな彼らが自立して社会に溶け込もうとしているのだとしたら。

じゃあ、現実世界で、「ダメ」な人たちはどうやって溶け込もうとしているのか。

なんだか笑えなくて、ゾッとしませんか。

 

 

 「発達障害」の謎―知的障害、自閉症、LD、ADHDとは何か

 

 

 

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