そりゃまあ僕も

20代会社員、男。音楽、カメラ、時事ネタなどの雑記日記です

とてもつらい

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ポルノグラフィティのガチの名曲を10曲、本気出して紹介してみた

ポルノグラフィティの全楽曲がサブスクリプションサービスでストリーミングされることになった。
Apple Musicをはじめ、SpotifyやLINE MUSIC、Amazon Musicといった主要な配信サービスで、アルバムはもちろんシングルのカップリングまで聴けるようになった。

これは布教の絶好の機会である。
ポルノグラフィティはメジャーデビュー20周年を迎え、楽曲は200曲をゆうに超えている。
それだけ楽曲があると、ついついベストアルバムだけで済ませてしまうけれど、それはあまりにもったいない。
かといって、シングルを一枚ずつたどって、アルバムを順番に消化していくのもしんどいだろう。

 

そんなわけなので、ポルノグラフィティの楽曲からファン歴15年以上、うち8年ほどを冷笑的な態度を取り続けてきた僕が、本気でオススメしたいポルノグラフィティの楽曲を10曲厳選して紹介したい。
なにしろ、ストリーミングサービスのおかげでカップリング曲も遠慮なく紹介できるんだもん。
もうコアな楽曲をシングルレンタルするのがめんどくさい、などは言わせない。とりあえず聞いて。

はじめに

僕は極めて保守的なポルノグラフィティファンである。
どこのミュージシャンのファンにも一定数いる、「初期曲こそ至高」と思っているタイプの老害だ。

近年リリースされた楽曲に関しては、ポルノグラフィティがターゲットとする客層から僕が外れてしまっていることもあり、遠巻きに聞いているだけである。だから、正直なところ聞きこんでいないし、あまり聞きこむつもりもない。愚痴しか言えそうにないからだ。


とはいえ、まあさすがに極端に特定時期に偏らせるのもアレなので、できるだけ平等にTama在籍期とそれ以降を平等に紹介するようにした。

また、すでにポルノグラフィティを知っている方にも楽しめるように、できるだけ手元の資料を元に、当時の様子などを書くようにしている。
ただし、後半はわりと批判的なことも書いているので、近年のポルノグラフィティが好きな方にはあまりお勧めできない。

 

この記事に上げた曲は、Amazon Musicのプレイリストとしてまとめて公開している。

ポルノガチの名曲10選これだけは聞けプレイリスト

 

Amazonのプライム会員なら上記のプレイリストで一連の楽曲を聴くことができる。


プライム会員じゃない方は、上記のバナーから一か月無料で体験することも可能だ。

(プライム会員特典の「Prime Music」と、オプション聞き放題の「Music Unlimited」があることに注意。

 

ガチの名曲リスト

1.デッサン#1

デッサン#1

デッサン#1

  • ポルノグラフィティ
  • J-Pop
  • ¥250
  • provided courtesy of iTunes

 Amazon music→ロマンチスト・エゴイスト

作詞:ハルイチ
作曲:シラタマ

1stアルバム『ロマンチスト・エゴイスト』に収録されたミドルテンポの楽曲。

「デッサン#1」はインディーズ時代に大阪で活動していたころからある楽曲で、昭仁の失恋を晴一が”デッサン”した歌詞になっている。

ポルノグラフィティの中でも特にメロディの高低差がある。特にDメロの高音部分は何回聞いても「喉が焼き切れるんじゃないか?」と思う。

シンプルな曲が多いポルノグラフィティの中ではスリリングな楽曲構成で、Tama曰く「いらんことをしている」「ややこしい」「マスターベーション的な曲」だという。
バックで鳴っているパッドを除くと、ほとんどシンセを使っておらずオーバードライブのギターが中心のサウンドで、初期ポルノの味であるギターとベースのユニゾンもある。たまらん。
個人的にはアウトロのペンタトニックなギターソロが大好き。

1stシングルの「アポロ」がバカ受けしたあとに出たアルバムで、ポルノグラフィティとしての幅の広さと本来の音楽性がぐっとでた楽曲である。そういう意味でもこの曲は絶対に外せない。

収録アルバムについて

この1stアルバムは、ポルノグラフィティがインディーズ時代に制作した楽曲と、デビュー前後に東京のプロデューサーと制作した楽曲が収録されている。当時のインタビューでは「全曲シングルのつもりで録っている」という趣旨の発言もあるくらい(シングル曲は「アポロ」や「ヒトリノ夜」が収録されている)。
個人的には、ベストアルバムを聞き流したあとは、ぜひこのアルバムから聞いてもらいたい。

2.PRIME

PRIME

PRIME

  • ポルノグラフィティ
  • J-Pop
  • ¥250
  • provided courtesy of iTunes

Amazon Music →ミュージック・アワー

作詞:アキヒト
作曲:シラタマ

3rdシングルの『ミュージック・アワー』のカップリング曲、ソウルフルなアップテンポの楽曲。聴いていると異常にハイになってくる。
自宅で一人のときにケツを叩きながら歌うと非常に楽しいのでオススメです。

このPRIMEも大阪のインディーズ時代からある楽曲だが、シングルのカップリングとして収録される際に、ブラスを大きくフューチャーした楽曲になった。作曲のTama曰く「サム&デイブっぽくしたかった」とのこと。
スタジオ録音の楽曲にも関わらず、ブッ飛んでいる。
Rchに振られたワウの効いたノリのいい晴一のギターや、クールで淡々としたTamaのベース、頭のネジが外れたような昭仁のボーカル……
そう、当時のポルノグラフィティのライブが容易に脳内で想像ができるシングルである。4分30秒の間に、ライブハウスを疑似体験した気分になる。

収録シングルについて

3rdシングル「ミュージック・アワー」は、1stアルバム後に出たシングル。言わずも知れた大ヒットシングルである。
ポルノグラフィティの楽曲の中での立ち位置としては、アポロでついた一発屋のイメージを払拭した楽曲でもある。
このミュージック・アワーとタイマンを張れるエネルギーのある楽曲は、PRIME以外にはちょっと僕には思いつかない。

 余談だが、このPRIMEはポルノグラフィティの『神戸・横浜ロマンスポルノ'14 〜惑ワ不ノ森〜』というライブで、メドレー形式で披露された。


ライブにゲスト参加したブラス隊をフューチャーしたメドレーで、初期の名曲「Jazz up」などともに演奏された。

僕はこのライブの神戸公演に一般発売で行った。
このときのPRIMEで周りが全く盛り上がらず、ぽかんとしていたのでびっくりしたのを覚えている。

それが妙にショックで、それ以降ポルノグラフィティのライブには行っていない。少なくとも、僕のように昔の楽曲にすがるタイプのファンは、もうポルノグラフィティにとって客ではないからだ。

 

3.Search the best way

Search the best way

Search the best way

  • ポルノグラフィティ
  • J-Pop
  • ¥250
  • provided courtesy of iTunes

 Amazon Music→サウダージ

作詞:シラタマ・ハルイチ
作曲:シラタマ

4thシングル『サウダージ』のカップリング曲。シンプルなアレンジを目指したというが、この曲がポルノグラフィティの楽曲の中でも異彩を放つ本物の名曲であるのは、誰もが同意すると思う。
どうしてだろう?

作詞のクレジットを見ても分かるとおり、この「Search the best way」はあとにも先にもポルノグラフィティの楽曲で唯一、ベースのTamaが作詞した楽曲である。

偶然にも(締め切り日に歌詞が二つできたという)、このシングルに収録されている「冷たい手 3年8か月」と全く同じメロディを持ったのが、この「Search the best way」である。

以下はポルノグラフィティのデビュー当時の状況を知るインタビュー集『ワイラノクロニクル』からの引用

シラタマ「まず僕が曲を作った時に、詞も書いてみようってなったんです。えーっと、因島に帰って友達と仕事や人生の話とかをしたとき、ぼくはそれまでそいつは半分諦めて生活してるっておもってたんです。
でも実はそうではなくて、それがかれのやるべきものであったってことがわかって、”おまえって格好いいじゃん”と思って。それをテーマに、ある意味本気くさいというか、そういうことを書いてみようと思ったんです。で一番まで描いて、ある程度ビジョンはできてたんですけど、時間がなくてハルイチにたくしたっていう流れで。けど一番まるまる僕のを使ってるんじゃなくて、書き直してるとこもある」

以上が、この楽曲の作詞の経緯。


蛇足ながら、上記のTamaの言及を信じるならば、2番以降は晴一によって書かれたはずである。それにもかかわらず、この曲にはそれ以降も非常に痛烈な "嘘でも前に" 進む歌詞がつづられている。
上記以上に、具体的にこの歌詞がどこまでTamaによって書かれて、どこまでがハルイチものによるかは、僕が知る限りではどこにも言及されてない。
ただ、この楽曲の”1番"にあたる部分が、あのTamaの手が無ければ表現されなかったというのは、誰もが認めるところだろう。
なぜならば、この楽曲はあとにも先にも、Tamaによって書かれた唯一の詞なのだから。

"誰かからパンをねだる鳥にはなれない"

という切実な一言は、ポルノグラフィティの楽曲では後にも先にもこの曲でしか聞くことができない。

ファンならご存じの通り、この曲は2011年の幕張ロマンスポルノの一曲目を飾った楽曲である。
1度きりのライブの選曲の意義を深読みするのは野暮であるが、それでもこの楽曲があえて選曲された理由についてはいろいろと考えてしまうところがある。


収録シングルについて

4thシングル「サウダージ」のカップリングがこのSearch the best way である。兄弟曲の「冷たい手 ~3年8か月~」も含めて、一種のアルバムだと思って聞いてほしいシングル。あなたが悪いのではない。この当時のポルノグラフィティがすごかったのだ。

表題曲の「サウダージ」は作詞の晴一をして「原子爆弾を作ってしまった科学者のような」気分になったという楽曲である。広島出身のポルノがこういうのだ。そして、この楽曲がどれだけヒットしたかは、誰もが知るところだろう。
前項のミュージック・アワーが出世作ならば、このサウダージはポルノグラフィティの立ち位置を確立した最高傑作でもある。

と、思ったけど、さらにこの先にも「アゲハ蝶」「メリッサ」のようなモンスターシングルがリリースがバンバンリリースされる。
アレンジャーであり仕掛け人であるak.hommaこと本間昭光氏は化け物か。

 

4.サボテン


ポルノグラフィティ 『サボテン(short ver.)』

Amazon Music→サボテン

作詞:ハルイチ
作曲:シラタマ

5thシングルの『サボテン』、ここまでカップリング曲とアルバム曲ばかりだけど、シングルを入れるならば絶対にこの曲は外せない。
「PRIME」や「デッサン#1」と同じく、ポルノグラフィティの大阪インディーズ時代からある楽曲。
当時、晴一とTamaは大阪の十三でルームシェアをしていて、その時代に生まれた曲だという。
歌詞やアレンジも複数パターンがあり、

「小さな鉢のサボテン」→「サボテン'99」→「サボテン」
と変遷をたどってきた。
ポルノグラフィティの中でも最初期からある楽曲ということもあり、リリース当時のスタッフの中でも非常に大切にされていたらしい。
そして、「サボテン」は"インディーズ時代からの楽曲"としてメジャーで発表された最後の楽曲でもある。
メジャーデビューを果たし、インディーズ時代から次のステップに進む時期にリリースされた点でも、この楽曲の意義は非常に大きい。

歌詞とモチーフになったサボテンに関して、Wikipediaには

晴一が彼女の部屋でサボテンの歌詞を書いたとき、たまたま窓際にサボテンがあったことから

 と記述されている。

しかし、リリース当時のインタビューによれば、大阪時代に付き合っていた彼女の部屋で書いたことは事実であるものの、サボテンの有無については言及が避けられている。


以下、当時のインタビューより引用

「これ、大阪の時に付き合ってた彼女んちで書いたっていう思い出があるんですよ。(中略)確かに雨も降ってた……なんかね、それだけ覚えてて、そこにサボテンがあったかどうかまではちょっと思い出せないんですけど……で、その彼女とその後も付き合ってて、書き直す、というか手を言えることになって。(後略)」

(『ワイラノクロニクル』 p.201より引用)

作品のフィクション・ノンフィクションをたどるのはあまりにも野暮な行為であるが、この楽曲に関しては晴一のパーソナルな体験をベースに書かれた歌詞と言える。(完全なノンフィクションではない)
現在の晴一は歌詞を "締め切りにあわせて書く"と公言しているため、こういう私小説的な書かれ方をされた楽曲は、ポルノグラフィティの中でも非常に珍しいものでもあると思う。

アコースティックなギターが似合うミディアムテンポの楽曲だけど、ドラムやベースを注意深く聞くと、かなり細かくリズムが刻まれていることが分かる。
なんとなく、作曲者のTamaのベースプレイが光る楽曲だと思う。決して目立っているわけではないんだけど、ルートプレイもオカズもバランスよく耳に入ってくる。
全体を通じて鳴り続けているシェイカーの音やサビのタンバリンの音が個人的に好き。

全然楽曲と関係ないんだけど、この曲は冬の夜行バスの中で聞きたくなる。ぼうっとしてくるような生ぬるい空調と、ひんやりと結露した窓、イヤホンの向こう側から聞こえてくる低いエンジン音。
そんな妙に眠れない夜行バスの中で、シャッフル再生で偶然流れてくると嬉しい曲。

 

収録シングルについて

表題曲である、サボテンのほかにもこの時期のポルノグラフィティのキーとなる楽曲に「ダイアリー 00/08/26」がある。

タイトルの通り、売れ始めたポルノグラフィティというバンドの中の人として、日記を綴るように書かれた楽曲である。
作曲をしたTamaによれば"より守られていない3人"を出す楽曲であり、それが晴一に伝わったのかこのような歌詞になったという。"結果的に、日付を入れることが重要だったんです" というのが晴一のコメント。アポロからミュージックアワーまでのヒット曲のお金が入り始め、変化が始まった自分たちの気持ちを書きたかったらしい。
このダイアリーの宛先は限定されていない。ファンに向けたものかもしれないし、晴一自身に向けたものかもしれない。

あいかわらずGuitarを離さずにいるんだよ。
それは夢を描くペンでもあったんだし、前からそうだし。

 と歌う、等身大のようでどこか背伸びをしたような歌詞が、ただひたすらにこの時期のポルノグラフィティらしさがあってたまらない。
ボトルネックを使ったギターソロやちょっとざらついた昭仁の声など、これもまた当時のポルノグラフィティのライブを連想する楽曲でもある。
ちなみに、25thシングル『ギフト』のカップリングに「ダイアリー 08/06/09」という楽曲があるが、こちらは無視してもなんら差し支えはない(ギフトという楽曲自体はとてもいいんだけど)。

ダイアリーが大好きすぎて語ってしまったが、「いつか会えたら」「サボテン Sonority」といった楽曲も、この時期のポルノグラフィティの等身大が見えてくる。とりあえずシングルを通じて聞いてほしい。

 

5.ビタースイート 

ビタースイート

ビタースイート

  • ポルノグラフィティ
  • J-Pop
  • ¥250
  • provided courtesy of iTunes

 Amazon Music→雲をも掴む民

作詞:新藤晴一
作曲:Tama

ガチ名曲

3rdアルバムの「雲をも掴む民」に入ったガチンコの名曲。

新藤晴一の歌詞の真骨頂、ポルノグラフィティのサウンドの神髄はここにあると思う。
ミドルテンポの「失恋」を描いたロックだ。

耽美的に装飾された苦くて苦い歌詞と、倍音の響くディストーションの効いたギター、重たく支えるようなルート音。楽曲全体を通じて、重たさと暗さがあるのに、カウベルやオルガンの音が軽妙で、単純なロックではないポップさがある。そのポップさがどこにもいけない恋愛の歌詞と相まって、ひたすらに寂しい。

昭仁のボーカルワークもこの時期は振り切れていて、サビまでの抑圧された雰囲気と、Dメロの張り裂けそうな高音がもうたまらない。絶対翌日のこととか考えてないような声を出している。

実際、この時期のポルノグラフィティはよく喉を壊していたし、『Mugen』のカップリングで収録された「ビタースイート(LIVE!)」ではぶっ壊れたままこの曲を歌っている。上述の印象的なDメロは、このライブ音源では音を下げたメロディにアレンジされている。

収録アルバムについて

「ビタースイート」は3rdアルバム『雲をも掴む民』に収録されている。13曲中の12曲目でアルバムの核でズドンと支えるような楽曲だ。
このアルバムにはなんといってもあのモンスターシングル「アゲハ蝶」が収録されている。そりゃたぶんアゲハ蝶が入っているというだけで当時は売れたんだろうけれども、ほかの楽曲も一切手が抜かれていない。
というか、どちらかと言えばこれまでのアルバムになくポルノグラフィティの"ロックバンド"としてのサウンドが協調されている。
ギターのリフで引っ張っていく曲が多く、「ハート」のようなバラードでもロックバンドのバラードとしての様式美がきっちりと整っている。
ポルノグラフィティは楽曲の幅が広いぶん、アルバムになるとサウンドが散漫になる傾向があるんだけど、このアルバムに関していうと全体を通じてきっちりとまとまっている印象がある。

それは歌詞についてもそうだ。
ポルノグラフィティと言えば歌詞が良い、というパブリックイメージはこのころに芽生えたものじゃないだろうか。今は見る影もないが。

内向的だったり、片思いや悲しい恋の歌があったり、このあと「音のない森」まで続くポルノグラフィティの可能性捜し路線の萌芽を感じられる。
特に昭仁の歌詞が良い。「PRIME」のときから続くストレートさは、このアルバムの「Aokage」や「n.t.」でバリエーションが豊かになっている。
どちらかと言えば技巧派の晴一の歌詞は、この時期に入って一層幅が広くなっている。当時は村上春樹が本当に好きだったんだろうなあ。

統一感があるぶん、楽曲同士のつながりを感じる歌詞も多い。それも、ただ繋がりを匂わせたり繋がりを感じさせるのではなく、歌詞のもつ世界観や根っこの部分で、聴き手が不思議と繋がりを見つけてしまうタイプのものだ。
(個人的には楽曲同士が”つなげる”というのはわざとらしいファンサービスで大嫌いである。例えば、ポルノグラフィティだと「blue sky」で「天気職人」というワードを出したりする。こういうのは最悪)

ポルノのベスト盤は微妙?

やや脱線だが、この『雲をも掴む民』の楽曲は、2005年に発売された「BEST BLUE'S」「BEST RED'S」には収録されたものが多い。
ここでとりあげた「ビタースイート」は収録されることがなかった。

あのベスト盤は、過去のアルバムの核になる曲を絶妙にハズしているアルバムであり、この「ビタースイート」もあえて外された楽曲だと思う。
自分たちの一番いいところをあえて見せず、リードとなるシングル曲とアルバム楽曲による幅の広さを見せつけ、アルバムやライブにリードする。『BEST BLUE'S』『BEST RED'S』はそういうベスト盤だった。

そののちに発売された『BEST JOKER』『BEST ACE』にはそんな余裕は全くない。
水で薄めたカルピスとまで言うつもりは無いが、過去の成功例にすがりすぎている。
あれは1枚のベスト盤で出すべきだったと思う。

 

6.月飼い 

月飼い

月飼い

  • ポルノグラフィティ
  • J-Pop
  • ¥250
  • provided courtesy of iTunes

 Amazon Music→メリッサ

作詞:新藤晴一
作曲:Tama

12thシングルの『メリッサ』に収録された楽曲。
オーバードライブの効いたギターとシンセサイザーによる打ち込みのバランスがいいアップテンポなロックサウンド。

なんだろう、分かりやすく”かっこいい”サウンドだと思う。
全編を通じて鳴り続けているシーケンスのギターサウンドもそうだし、よく動くベースもそうだし。

この曲はなんと言っても歌詞がいい。新藤晴一は一曲の中でストーリーを立ち上げていく歌詞がとにかく上手い人だけれども、この楽曲はその一番いいところを丸かじりできる。
歯を立てるとみずみずしく果汁がしたたるような、おいしい楽曲だ。

朧月夜という言葉があるけれど、まさに月が朧な夜に見る夢のような、そんな不思議な雰囲気のある悲恋の歌詞である。
ポルノグラフィティの歌詞に"恋"を歌った楽曲は多いけど、この楽曲はストーリーの立ち上がり方の面では、「カルマの坂」のような抒情的なものを感じる。

 

月を飼うのと真夜中に
水槽を持ち出して窓辺に置いた
いとも簡単に捕獲された
小ぶりな月が水面に浮かぶ

 

 

ほら、抒情的でしょう?(抒情的ってなんだろう)

"君"が水槽で月を捕まえる、という現実から掬い上げられるようなシチュエーションから歌詞が始まる。
デジタルなロックチューンともいえるサウンドとはあまりにも対象的だ。
この歌詞に出てくる"君"2番の歌詞でいなくなってしまうわけなんだけど、"月と僕とが二人きり"というシチュエーションはどことなく李白の「月下独酌」を連想してしまう。

李白は、船に乗っているときに水面に映る月を掬おうとして溺死したと言われている。
この楽曲との共通点は「月」と「水面」だけではあるんだけれど、どことなく似たものを感じてしまう。たぶん僕だけなんだろうけど。

 

収録シングルについて

12thシングル『メリッサ』に収録された。このシングルは「月」を裏テーマに添えた楽曲が3曲収録されており、シングル全体を通じて楽曲に統一感がある。なんなら、ミニアルバムと言ってもなんら差し支えがない。

やはり「メリッサ」が強烈だろう。超名作『鋼の錬金術師』のアニメオープニングとして、僕も中学生の頃に衝撃を受けた記憶がある。何の気なしに一話を見て、この曲を聴いて文字通り頭にガツンと衝撃がきた。

ベースのリフから始まって、ポップなロックでそれでいて激しい転調。そこに載る歌詞は普通のアニソンと違ってどこか物悲しい。
当時、タイアップが決まり、鋼の錬金術師のテーマである「自己犠牲」というキーワードだけで歌詞を書き上げたとかなんとかそういう都市伝説を読んだことがある。ほんとかよ。

メリッサというタイトルは辞書をパラパラと見つけてたまたま見つけたものらしい。
歌詞の中では

"宙に舞うメリッサの葉になりたい"

と2番Aメロで登場してくる。
この「宙に舞う葉」というイメージ、メリッサという楽曲のサウンド面にも絶妙にマッチしている。というのも、メリッサのサビのコード進行が俗に言う「枯葉進行」だからである。
枯葉進行は、フランスのシャンソンの楽曲で、のちにジャズのスタンダードになった「Autumn leaves」で使われているコード進行。

サビの部分で「君の手で~」って歌ってみると分かりやすい。街中でもよく聞くジャズ。
作曲者の本間昭光氏は、当然このAutumn leavesを念頭に置いただろうから、仮に晴一がメリッサという単語を辞書から見つけて、宙を舞う葉のイメージで使ったのなら、凄い偶然だ。

この「メリッサ」に続く「見えない世界」という楽曲もいい。
『雲をも掴む民』の収録楽曲を紹介する際に、昭仁の歌詞をストレートと表現したけれど、「見えない世界」はストレートな中にも強い物語性を持った意欲作だと思う。
内向的ながら前に進んでいくストーリーは、この時期の昭仁が少しずつ開けていくさまがわかる。

 

なぜ、この前後の「音の無い森」や「ラック」といった楽曲とともにオリジナルアルバムを出さなかったのか。
はなはだ疑問だけど、たぶんTamaの脱退なども原因はあるんだろう。代わりに、『74ers』という大変すばらしいライブDVDがある。

 

こちらはメリッサの収録楽曲をはじめとした楽曲をコンセプチュアルに演奏したライブ。当時は賛否両論だったらしいが、DVDで見ると本当にかっこいい。Tamaが映った最後のDVDでもある。ぜひ見てほしい。

7.夕陽と星空と僕


Amazon Music→愛が呼ぶほうへ

作詞:岡野昭仁
作曲:岡野昭仁

これが生で聴けたら死んでもいいポルノグラフィティの楽曲ランキング個人的1位のミディアムテンポの楽曲。

作詞・作曲が岡野昭仁。昭仁の楽曲の中でもマジで「どうしちゃったの?何が降りてきたの?」というくらいにいい。
ほんとにいい。べたべたに感傷的なのに、情景描写と心理描写が上手に共存している。
なにしろ滑舌がいいから、この二つが混ざることもなくすんなりと耳に入ってくる。誰だよ、昭仁の歌詞がストレートでって言ったの。

上にあげたライブ映像は『横浜ロマンスポルノ'06
〜キャッチ ザ ハネウマ〜 IN YOKOHAMA STADIUM』のもの。

なにしろ横浜アリーナでやるものだから音漏れがすごかったらしく、当時2ちゃんのスレッドでこの音漏れをウェブラジオで配信する人がいた。
そのラジオ配信を聴いたかどうかは覚えてないんだけど、実況している人たちが「夕陽と星空と僕、キタ――(゚∀゚)――!!」的なことを書いたときに、すごく羨ましかったのを覚えている。

 

収録シングル

「夕陽と星空と僕」は13thシングル『愛が呼ぶほうへ』のカップリング曲である。

メリッサから続くリリースラッシュのひとつだったが、この曲と言えばなんといっても因島の凱旋ライブである。

NHKが密着した当時のドキュメンタリーでは、因島の小学生たちと共に「愛が呼ぶほうへ」を体育館で演奏するなどのシーンがあり、大変に微笑ましい。

このドキュメンタリーは本当に素晴らしかったので、ぜひ円盤化して欲しいくらいである。僕は当時からHDDが擦り切れるくらいにこの番組を見た。未だに泥酔しているとみてしまう。

ファンとポルノグラフィティの絆を感じる曲だ。

8.何度も 

何度も

何度も

  • ポルノグラフィティ
  • J-Pop
  • ¥250
  • provided courtesy of iTunes

Amazon Music→ THUMPx

作詞・作曲:新藤晴一

5thアルバム『THUMP✗』の13曲目に収録されたバラード。

左chのピアノ、右chのガットギターの絡みがとても心地いい。それこそ、晴一がガットギターを買ったことがきっかけで生まれた楽曲だったと思うけど、記憶があいまいである。
楽曲の雰囲気やギターのフレーズはエリック・クラプトンの「Tears In Heaven」っぽいのは・・・まあ晴一が大好きだから仕方ないね。

この時期から、昭仁の歌も非常に感情が豊かになってきた。こういう優しいハスキーな声は、これ以前のポルノではなかなか聞けないものだと思う。

この曲の歌詞で耳に残ると言ったら、「ポロリポロリと髭をはじいている猫」だろうか。
このアルバムをリリースした当時のインタビューで、歌詞に猫が出てくる理由を問われて、晴一は「ときどき出てくるんですけど、犬と比べて猫は詩的な存在なんですよ。犬は陰と陽の陽じゃないですか。犬は陰なので、意味を含ませやすい」という趣旨の発言をしている。
村上春樹も似たようなことを言っていた気がするけど、「自分が犬と猫ならどっち?」と聞かれて、晴一は「100対ゼロで犬ですね」と答えている。このあたりは村上春樹と違うところだろうか。

 

収録アルバムについて

「何度も」が収録された『THUMPx』はポルノグラフィティの5thアルバム。Tamaが脱退して初のオリジナルアルバムとなる。

Tamaが脱退して二人体制になったポルノグラフィティの方向性を模索した一枚である。なんかいっつも模索してるなこの人たち。

楽曲は本間昭光氏によるもの、新藤晴一・岡野昭仁のメンバー作曲のものがバランスよく収録されている。これまでのアルバムに比べてはっちゃけた歌詞の楽曲が多く、肩の力が抜けた感じの一枚だ。

「曲を書きたいと思っていたけど、詞を書くのが楽しくなった」という昭仁の歌詞が多く収録されている。この前後で浜田省吾などによるプロジェクト「Fairlife」に参加で学ぶものがあったという。

シリアスな部分とおちゃらけた部分が併存したポルノグラフィティ"らしさ"があるものの、まさかおちゃらけの部分が今後の活動のメインになるとはこのときは誰も思わなかった。

 

9.素敵すぎてしまった

素敵すぎてしまった

素敵すぎてしまった

  • アーティスト: ポルノグラフィティ
  • 出版社/メーカー: Sony Music Labels Inc.
  • 発売日: 2014/04/01
  • メディア: MP3 ダウンロード
  • この商品を含むブログを見る
 

 Amazon Music→PANORAMA PORNO

作詞・作曲:新藤晴一

一気に間が空いて、2012年に発売の9thアルバム、『PANORAMA PORNO』に収録されている。
この時期からほとんど聞かなくてもいいような楽曲が増えたが、唯一この楽曲だけは例外。このアルバムを初めて聞いたときはシングル曲だと思った(この時期のシングルを全く聞いていなかったため)。

馬場一嘉 氏によるアレンジがとにかく完璧で、ひとつひとつの楽器のサウンドがとても心地いい。
冒頭のギターのリフはもちろん、穏やかなAメロ、Bメロから、静かなのにドライブ感のあるサビまで要らないところがひとつもない。骨までおいしく食べれる焼き魚みたいだ。

晴一はセンチメンタルな歌詞が本当に上手い。ほんっとうに上手い。前項の「何度も」もそうだけど、この曲も引き算の歌詞で無駄な部分がひとつもない。

あと、シンプルに比喩がいいですね。美しい思い出を振り返る柔らかい歌詞なのに、サビでは

"勤勉な監視官"

"解体途中のビル"

 

といったゴツゴツ言葉が唐突に出てくる。静かな川の中が、ときおり水の勢いを増すように、僕らを押し流していく。

やっぱり、ポルノグラフィティはこういう楽曲が一番魅力的だと思う。
最近の歌詞や曲のとっちらかり方を"幅の広さ"と呼ぶのかもしれないけれど、個人的には散漫さしか感じない(意見には個人差があります)。

収録アルバムについて

「素敵すぎてしまった」はポルノグラフィティの9thアルバム『PANORAMA PORNO』に収録されている。前作『∠TRIGGER』に引き続き、ほぼ全曲がダサい(意見には個人差があります)。

この時期から露骨にアニメタイアップへの依存が強くなった。
アニソン以外が作れないウケない聞かれないという悪循環に陥っている(意見には個人差があります)。
アルバム曲もそういうファンに対するご機嫌取りのような楽曲が多いように思う。

実際、このアルバムの時期をきっかけに、長くサウンドプロデュースに携わってきたak.hommaが離れることとなり、新たなアレンジャーが多数参加することになる。
サウンド面ではTama以上に影響を及ぼしてきただけに、大きな転換期に入ったアルバムと言える。
以来、ak.hommaコンプレックスを抱えたまま現在に至る。


こういうアルバムが月額課金で聞けるのは大変ありがたい。なにしろ発売当時はこのアルバムでも3000円したんだから。

 

 

10.ひとひら

Prime Music→とひら

作詞・作曲:新藤晴一

ベストアルバム『PORNOGRAFFITTI 15th Anniversary "ALL TIME SINGLES"』に収録された。ベスト盤のみに収録されたボーナス楽曲の立ち位置である。

ベスト盤のラストを飾る楽曲だけあって、ストリングスやコーラスがゴージャスなミディアムテンポの楽曲。
悪い言い方をするとベタベタなんだけど、そのベタさがとても心地いい。
個人的にはアウトロあたりの、ギターのトグルスイッチを触る音が好き。いいですよね。

この曲の何が良いって、歌詞のミニマムさ。

オフィスビルにひとつ残る 蛍光灯の明かりの下で

背もたれに体を預け 君はPCを閉じた

 

というフレーズのミニマムさ。

壮大な楽曲アレンジと思いを馳せる過去の美しさに見落としがちだが、あくまで残業中のサラリーマンの回想である。
晴一の書く歌詞にはこういうミニマムに納まる日常の中から広がる曲が多い。
ぼっちでレストランでスープを飲む「オニオンスープ」や、元カノを思い出して神社にいく「スロウ・ザ・コイン」だとか。

僕たちは日常があって、その延長で過去や未来に思いを巡らせる。それはしばしば必要以上に灰色だったり、桜が舞っていたりする。
そういう「詩的」な場所に、地に足の着いた現在地点から飛ぶことができる。それこそが晴一らしい歌詞の効用であると思う。

余談だが、今年の春、仕事中にこの「ひとひら」がラジオのリクエストソングとして流れてきたことがあった。マジで全部ぶん投げて帰ろうかと思った。

収録アルバムについて

全シングルを網羅した本当の「ベストアルバム」。

全曲リマスタリングをされているみたいで、微妙に音が変わっている気がする。よく分からないけど。
(リマスタリングで大きく印象が変わる曲もある。「東京ランドスケープ」のTHUMPx版、BEST ACE版だと、音割れの有無などが変わる)

 

初めてポルノグラフィティを聴く人は、このベスト盤から聞いて差し支えないだろう。時期によって大きく印象が違うのが分かるはず。
そこから、気に入った楽曲の入ったアルバムを少しずつ聞いていくといいと思う。

保守的なポルノグラフィティファンの僕からすると、ディスク2(Love,too Death too)までの時期を楽しんだあとに、ボーナスディスクとしてディスク3を聞き流す感じである。

よくある質問:なぜ〇〇がはいってないのか

わかるわかるわかるよ。ライオンもlove is youも空想科学少年も別れ話をしようもカルマの坂もLIVE ON LIVEも渦も音の無い森もラックもROLLも東京ランドスケープも天気職人もPRISON MANSIONもラインもウォーカーもIt's on my mindもギフトも入れたかったよ。

でも、最初に10曲って制限をかけてしまったんだよね。いや、途中でアルバムの解説を入れることで水増ししたかったけど、全部紹介できないよね・・・ここまで1万3000字あるのにね・・・

でもまあ、言葉で語るよりも、聞いたほうが早い。

なにしろポルノグラフィティの各楽曲はAmazon Musicで聞き放題なのだから。

ポルノグラフィティの楽曲はPrime会員の100万曲聞き放題(初月無料)にも含まれるけど、一部は「unlimited会員」でないと聞けないものもある。でもだいたいの曲は聞き放題なので、よかったらぜひ。 

 

僕の紹介はひどく偏ったものが多かったけど、ここまで読んでくれた方がいるならばどうか自分の思い思いにのびのびと聞いていただけたらと思う。

 

 備考:

デビュー初期楽曲の参考文献は、ポルノグラフィティ ワイラノクロニクルを参考にした。

 

これもポルノグラフィティが3人だった当時の様子を知るのにうってつけだから、聞き放題をきっかけに手に取ってもらえると非常にうれしい。

ちなみに、ポルノグラフィティの元ベース・Tamaについても記事を書いてます。

tonkotsutarou.hatenablog.com

 

 

台風一過についての雑感、台風の「嫌いではないところ」

今日から、質問箱でもらったお題について、雑記を書いていこうと思う。
できるだけ毎日更新したかったブログが、最近の妙な写真ブログもどき化によって著しく滞っているためである。
なんだよ、今年も折り返し地点を過ぎて、ゴールが見えつつあるのに3回しか書いてないじゃん。

……いや、写真ブログ化は大した問題ではない。文字通りTwitterにうつつを抜かし、140文字以上の文章が書けなくなったのが悪い。
最近はキーボードを叩いているよりも、iPhone6の4.7インチの画面でフリックしているほうが、脳みそが冴えてくる始末だ。

まあ、もともとついていないも同然の貧弱ブレインが冴えてきたところで、世界に何の価値も付与できていないのは言うまでもないが、それにしても「いいね!」の数字を見て、世の中に何かを発信したような気持ちになっているのはあまりに虚しい。

そんな虚無感を埋めるために、空白の8か月に文字を書きなぐるようにブログを更新したかったので、ツイッターでお題を募集したところいくつかお題をもらうことができた。
まあ、なんとか今週分はなんとかなるかなあ、と皮算用をしているけど、引き続きご協力をいただけると幸いです。
何卒よろしくお願いします。

tonkotutarou(Twitter)→

質問箱→

peing.net

 

台風の「嫌いではないところ」

そんなわけで、一発目は台風の話。
非常にセンシティブな時期に、デリカシーを母親の胎の中に忘れてきたような僕が書くべきではない話題ではあるけど。

 

こんなことを言うと怒られそうだけど、いい歳して台風が嫌いではない。

いいじゃないか、好きなものは好きだし嫌いなものは嫌いだ。
そもそも僕の精根がねじ曲がっているからか、嫌いなものについて書くと反感を買うし、好きなものは好きであること自体が反感を買ってしまう。
どのみちアッカンベーをされるから、いっそ好きな切り口で書いてみたい。

……と、まあ、今回みたいな大きな台風が過ぎたあとに、こういう書き出しを選ぶこと自体が品性の下劣さを表している。
それでも、僕自身が僕自身の下劣さを十分に痛感するくらい、今回の台風は酷かった。

 

これを書いている今この瞬間も、僕の知人でも(友人ではない)、未だに停電で不便をこうむってる人や自宅のガラスが割れた人が何人もいる。
なかでも関空で島流し状態になってしまった人は、悲痛な現地の状況の手記をFacebookにアップロードしていた。

 

そういうものを読んでいると、のんべんだらりと空調の部屋でインターネットができている僕が、同じ関西人であるのか不安になったり罪悪感を感じたりもする。
なにか、僕の生活にもしかるべき爪痕があって、彼らと痛みを共有できたら、いくぶんこの気持ちもマシになるんじゃないかとも思う。

しかし、そんな気持ちをいったん置いておくとして、僕は台風のもつ災害としての存在感が嫌いではない。おそらく、僕自身が災害の被害者となったことが無いからだろう。

どういうところが嫌いではないか。

台風が予測される災害である点と、一方で台風一過後はいくぶん空気が綺麗になる点である。

まず、台風はその発生と予測進路が、実際に接近する何日も前からあらかじめ予測がされている。

この台風がもつ「予見性」というのは、先日の大阪の地震のあとで改めて認知した。
地震というのは、僕たちにとってほぼ予測ができず、察知をすることすらできない災害である。
運が良ければ、緊急地震速報によって数秒から数十秒前に知ることはできるものの、実際に揺れ始めてもそれがどんな規模でいつまで続くものなのか、揺れ終わるまで理解することすらできない。

もちろん、緊急時の備えがあれば、地震の場合でもストレスや不安をある程度は軽減することはできると思う。
それでも、地震がいつ、どこで、どのくらいの規模で起こるのかは、今のところは誰にも分からない。

僕は地震のニュースを見るたびに、進撃の巨人の一話でアルミンが言ったセリフを思い出す(凡庸な連想だな)。

「100年 壁が壊されなかったからといって、今日壊されない保証なんてどこにもないのに…」

というアレ。
論理なんて通じず、理不尽さを訴えても誰にも届かない。だからこそ備えるしかないし、それがいつきても不思議ではないことを自分に言い聞かせるしかない。
そういう性質をもつ災害が地震なのだと、大阪の震災のときは身をもって思い知らされた。

地震が抜き打ちテストならば、台風は定期試験のような災害である。
被害を受けることは避けられないが、備えや憂いをもつことができる。
どちらも、試験のように準備すれば乗り越えられるものでもなく、合格するものでもなく、得られるものも無いけれど。

「数日後に自分が何かを失う可能性がある」という状態が、僕はわりと嫌いではない。頭の上にギロチンが固定されている気分というか、それによって自分が何をどうするか選択する余地を感じることができる。
そういう限定的な意味合いにおいて、僕は台風の到来がもつ予見性に畏怖すら感じる。
おそらくそれも、僕自身が災害の被害者となったことが無いからだろう。

2点目の空気の綺麗さについては、言うまでもない。
あれだけ酷い風や雨が吹いたあとで、それで大阪の澱んだ空気が浄化されないのならば、それはあまりにもアンフェアすぎるし、救いがない。

浄化と言えば、村上春樹の『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』の中にこんな一説がある。

「台風が去った次の朝に海岸に行くと、浜辺にいろんなものが落ちていた。波で打ちあげられたんだ。想像もつかないようなものが、いっぱい見つかる。(中略)どうしてそんなものが浜辺に打ちあげられるのか、僕には見当もつかない。でもそういうのを探すのがとても好きで、台風が来るのが楽しみだった。たぶんどこかの浜に捨てられていたものが波でさらわれて、それがまた打ちあげられるんだろうね」

「海から打ちあげられたものはどんなものでも不思議に浄化されているんだ。使いようのないがらくたばかりだけれど、みんな清潔なんだ。汚なくて触ることのできないようなものは何ひとつとしてない。海というのは特殊なものなんだ。僕は自分のこれまでの生活を振りかえるとき、いつもそんな浜辺のがらくたのことを思いだす。僕の生活というのはいつもそんな具合だった。がらくたを集めて自分なりに清潔にして別の場所に放りだす——しかし使いみちはない。そこで朽ちはてるだけだ」

台風が過ぎ去った後、おそるおそる家のドアを開けたときに思い出したのがこの一説だった。台風そのものについて言及された文章ではない。あくまで、この文章を思い出したというだけで、それ以上も以下もない。
今日の町もガラクタであふれていたけど、それに意味を見出すつもりもない。

 

 

台風が過ぎたあとで、人々が家の外に出て、自分たちが巻き込まれたものについて改めて認識をする。
何人かの人々は、諦めたような表情で家や社屋の周りを掃除している。

駅へ向かう道すがら、通り過ぎた駐車場にハイエースが停めてある。車の前で、職人さんがタバコを吸いながら工事の予定について電話をしている。通りすがりに聞いただけでも、工期が詰まっていることや朝から問い合わせが続いていることが分かる。

 

そういう景色を眺めていると、街というのは人々の様々な生活を内包し、その仕事によって構築された有機的なものであることが分かる。

それは僕に、精密機器を作る自動化された工場を連想させる。ピンセットのような機械の腕がいくつも基盤の上に伸びてきて、目には見えないパーツをウエハースの上に載せていく。
その機械たちが、何を作っているのかはすぐには分からない。出来上がった見慣れた製品を見て、僕は初めてその全容を知る。
もちろん、何かをひとつひとつ組み上げていくのと、破壊されたものを修繕していく作業では、その意味合いが異なってくる。そもそも人間は機械ではない。

僕が言いたいのは、そういう細かくて全容が知れない仕事によって世界が成り立っていること。
それから、そういう細かい作業の意味合いを知ったときに、それを(結果的に)内包するシステムに対する感心のようなものが生まれるという点である。
こういう感心は、普段の生活ではなかなか生まれない(僕が鈍感なだけでもある)。何かしら、センシティブな気持ちにとらわれているときに、ふと目について気づくものだ。

例えば、これまでにない大型台風という暴力装置によって、街が損なわれたあととか。

 

そんなことを考えながら、駅に着いたところ、相変わらずダイヤがひどく乱れていた。
何人かの同僚が今日も出社できない状況にあるということで、僕もどさくさに紛れて在宅勤務をすることになった。
長々と書いてきたけど、たぶん、台風も悪くないと思ったのはこの瞬間が一番強かったと思う。

来た道を戻りながら、がれきの撤去作業をしている職人さんたちを見ていると、非常に後ろめたい気持ちになった。