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そりゃまあ僕も

20代会社員、男。音楽、カメラ、時事ネタなどの雑記日記です

とてもつらい

音楽と小説とカメラが好きな人の日記です。主なカテゴリ↓

またまたOLYMPUS E-M1 markⅡと共に奈良・若草山で鹿と戯れる

先週の話ですが、今年2回目の若草山に登ってきた。
今日みたいによく晴れた土曜日には我慢できずついつい若草山に登ってしまう。
14時くらいから体がうずうずして、若草山のあの気持ちのいい風にのって香る芝とシカの糞が混ざった匂いが脳に浮かび続ける。
そしてふと気づいたら近鉄に乗っていて、体が奈良に向かっている。

本当は今日も行きたかったくらい。


というわけで早速写真をドン。

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今回も写真はOLYMPUS のOM-D E-M1 MarkⅡにて。
PENから乗り換えて2か月経って、ようやく扱いにも慣れてきた。
やっぱりAFが圧倒的に早いのと120fpsのファインダーが便利すぎ。シャッターチャンスに強くなったなあと思う。


こんな風に鹿が立ってるところなんて、PENだとほぼ奇跡の一枚だったもんなあ。


ボタンをほぼ無限にカスタマイズできるので、突き詰めればもっと使いやすくなるんだけど、そこまでする根気がなくって今のところはほとんど弄ってない。

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そして今回は新兵器、M.ZUIKO 75mm F1.8も導入。
35mm換算で150mm、ボケ味も良くってAFも軽快で使っててとても楽しい。

マイクロフォーサーズと言えば軽量でくっきり写る感じを好んでる方が多いみたいだけど、ずっと使ってるとやっぱりボケた写真が撮りたくなってくる。
加えて、半年以上45mmF1.8縛りで撮ってたこともあって、個人的にはある程度焦点距離が長いほうが撮りやすい。
最近は40-150mm F2.8が欲しくて仕方がない。

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開放で撮っても細かいところまで解像するし、45mm F1.8よりもどことなくソリッドな感じというか、硬質な印象もある。
どっちかというと動物を撮るよりも、街中で錆びた金属なんかを撮ってたほうが楽しいレンズかなあとも思ってたりする。

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こちらは12-40mm F2.8にて。
広角にも慣れねばということで、シカにかなり近寄って撮ってる。
これが猫だと大きなレンズを見て反射的に逃げられちゃうんだけど、シカは興味津々で逆に鼻を伸ばしてくるから面白い。
こいつら、何考えてるか本当にわからん。

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だいぶ日が長くなってきたのに加えて、この日は青空が飛びきりに綺麗だった。
誰かが空の色をいじっているのかと思うくらい良く晴れていて、こうして写真をいじっても決して大げさな青だとは思えないくらい。

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まあそれでも若干大げさなんですけどね。
そういえば、マイクロフォーサーズだと撮影時のアスペクト比が4:3でそれを基準に撮ってるので、2:3に切り出すのに迷うときがある。
皆さん、どうしてるんだろう?
迷ったので上の2枚は4:3のままにしてる。これはこれで、縦がのびのびと映る感じがして嫌いではないんだけど、なんか見慣れないなあ。

夕暮れ時になるにつれて、シャッターチャンスがマシマシになって、自然と撮影枚数も多くなる。

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凄く良い感じで景色を眺めていたカップルさん。
土曜日ということもあって、カメラを持ってる人も一般の方も多く、この日はベストポジションを確保することができず。満足できるシカの写真はほぼゼロだった。

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これは現像で色をいじってるけど、若草山の夕暮れはときどき本当にこういう色になる。

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シルエットもたくさん撮ったけど、今回はこれが一番無難でした。
本当はやっぱり立派な角を持った牡鹿が撮りたかったなあ。

撮り終わってから、HDR機能を使えばよかっただとか、あれこれ考えて反省タイムに入ったものの、ちょっとずつカメラと仲良しになれた感じがして楽しい。
実はほかにもベストショットがあったのですが、それは写真展に出してしまったのでブログ掲載はお預けです。

ようやくレンズも揃ってきたので、次はじっくりと鳥などを撮ってみたい。
GWはどこも混んでるけれど、あわよくば写真を撮りにいけたらいいなあ。

それまではムック本でも読んで自分の機材についてもっと勉強しておこうと思う。

動物だけでなく、最近はポートレート撮影なんかにも興味が沸いてきた。被写体を探すのが大変なんだろうけど、みんなどうしてるんだろう?
カメラ教室なんかにも通ってみたいし、まだまだ欲望は尽きません。

寝るときはいつも左向き

寝るときは必ず左を向いていることに最近気づいた。


厳密に言うならば、目を閉じて意識が飛ぶ瞬間、必ず左半身が下側になっている。

僕は寝つきが非常に悪い。布団に入ってからもああだこうだと思考が堂々巡りしてしまい、うだうだとしている間にようやく眠くなってくるようなタイプだ。

 

どうにか眠りを良くしようと、これまでも散々いろんなことを試した。
グリシンも試したし、お風呂で体を温めるのも試した。寝る前のスマホや本はなかなかやめられないけれど、それでも控えめにしている。

それでも、なかなか眠れない。寝るのは大好きなんだけど、眠りに落ちる瞬間が怖くて仕方がない。

 

しかし、最近になってどうやらしっかりと眠るための法則があると気づいた。


それが「左向きで寝る」である。

 

思えば、いつだって僕は左を向いて眠っていた。
どうしてかはわからないし、いつからなのかは覚えていない。
それはもしかしたら、ある時期まで僕の左には誰かがいたからなのかもしれない。
左に寝ている誰かの寝顔を見るために、右側に寝てる僕は左を向いて寝ていたのかもしれない。
それが誰だったのか僕はもう思い出せない。ただ、シングルベッドに誰かと寝ていて、左側を向いている自分の姿を想像すると、妙に懐かしい気持ちがする。ただそれだけのことだ。

 

でも、もうちょっと鮮明な記憶を掘り起こすと、僕の左には誰かよりももっと確かな存在がいた。
壁である。ベッドに面した壁。薄いコンクリートに白のビニールクロスを貼られた、壁。
数年前に引越しをしてからすっかりご無沙汰をしていたのだが、僕が長年住んだワンルームのベッドの左側には壁があった。
壁のいいところは、誰かとは違っていつも確実にそこにいる点にある。眠れない暗い部屋の中でも、手を伸ばせばそこに壁がいた。
暑い夏の夜のはよくベッドの壁に手を伸ばし、そのひんやりとした感覚を楽しんだものだった。

あの部屋で誰かと寝ていたときも、僕はいつも左側に寝ていて部屋の壁を触りながら寝ていた気がする。
隣に寝ていた誰かがそんな僕を見てどんな顔をしていたのか、ザラザラとした壁の手触りばかり頭に浮かぶきりで、やはり僕は思い出せない。

 

今の部屋のベッドは、右側の壁に寄せて設置してある。
僕はベッドの左側から横たわる。今日会ったことをひとつひとつ思い返して、なかなか寝付けない。
そのうちにいつものように左側を向いて手を伸ばす。そこにもう壁が無いとしても。
そして壁が無いとしても、僕はそれでも眠りにつく。

 

思うに、僕らが安心を得るには、そういう確かな手触りのある確かな存在が必要なのだと思う。
誰かにとってそれはぬいぐるみだし、誰かにとってそれは恋人なのかもしれない。
僕にとってそれは左を向いて寝ることであり、闇の向こうの壁の存在だった。
あるいは、安心して背中を向けられる関係の人の存在かもしれない。僕にはわからない。

 

最近、模様替えしてベッドを左側の壁に持っていけばもっとよく眠れるのではないのか、とよく考える。
それと、いつも左を向いて寝付くのに、寝癖がつくのはいつも右の後頭部なのが気になっている。

 

疲れすぎて眠れぬ夜のために (角川文庫)

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