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そりゃまあ僕も

20代会社員、男。音楽、カメラ、時事ネタなどの雑記日記です

とてもつらい

音楽や小説が好きな人が書いてます。主なカテゴリ↓

ぼっち、数年ぶりに高校に凱旋する

雑記 雑記-日記

先日、ずいぶん久しぶりに通っていた高校の前を通りがかった。

 

内向的な人間の例外に漏れず、僕は学校が本当に嫌いだった。
教師はもちろん、校舎やクラスメイト、地域教育における位置づけから進学実績まで、何から何まで嫌いだった。
何が嫌いか、端的に言うのは難しく、具体例を挙げていけば、高校生活の3倍の時間をかけることができる。
とにかく、高校受験のために訪れ校門のレールを踏みつけた瞬間、本能的に後悔するような学び舎というのが、この世の中には本当に存在する。

"良くも悪くも無いこと"が最大のセールスポイントで、エクセルでデザインされた学校案内パンフレットが、近隣の中学校の進路指導室で埃をかぶっているような学校だ。
「私たちの授業で良い点を取れば、指定校推薦で幸せな大学に行ける」というのが、おおよその教育方針だ。
校訓は「赤信号、みんなで渡れば怖くない」とかそんなのだった気がする。

 

何度でもいうが、僕はその高校が本当に大嫌いだった。
卒業してから二度とその場所には近づきたくなかったし、同級生にも教師にも顔を合わせたくなかった。
同窓会の会報に同封されたハガキに「登録を抹消せよ。二度と居場所を詮索するな」という趣旨を書いて返送したことさえある。
(言うまでもないけど、翌年にも僕の実家にはしっかりと会報が届いた。僕たちのささやかな願いは、ある種の人間には宿命的に無視されるものだからだ)


ただ、そのときの僕にどうしても「母校」の近くに立ち寄らなければならない用事があったし、加えて、自分のヘイトを試してみたいという気まぐれがあった。
つまり、自分がどれだけ「母校」を嫌っているのかを再確認したかったのだ。犬のフンを踏みつけたあと、靴底を確認するようなものだ。
何度も何度も靴底をアスファルトに擦りつけて、自分が綺麗好きな人間だと周囲にアピールしたくて仕方がないのかもしれない。

 

数年ぶりに通った通学路は何ひとつ変わっていなかった。
学校に通じる近道は、細い用水路沿いの路地だった。そこに面したいくつかの廃墟は相変わらず空き家のままだった。水路を囲う鉄柵は中の空洞まで赤く錆びついていた。道路のひび割れを直そうと思った人さえ、この数年皆無だったらしい。
あるいは卒業生のノスタルジィを守るための近隣住民の配慮なのかもしれない。こんなところに愛着を感じている人がいればの話だが。

 

しばらく歩いて路地を抜けると、野球部のネットの裏手に出る。
道が少し広くなって、そのまま自転車置き場のある裏門まで続いている。普通自動車が一方通行になるくらいの小道だ。
道路の片側が学校の塀で、道路を挟んで向かい側の塀の向こうには、お菓子の加工工場があった。


そうだ。僕の高校生活は、この工場から甘い臭いを吸い続ける三年間だったのだ。
とにかく一日中臭いがする。チョコレートとキャンディを車の中で溶かしたような臭いだ。雨の日になると臭いがより酷くなった。
大雨の入学式の朝、ぐっしょりと濡れた靴下と、頭が痛くなるほどの甘い臭いに暗澹たる気持ちになったものだ。
しかし、それも1ヶ月もするとすっかり体が慣れてしまう。そんな風にして僕の高校生活は色々な辛いものに慣れていく三年間だったとも言える。
何が辛かったのか、いちいち述べるつもりはない。


ただ、僕は辛かったのだ。

 

 

施錠された裏門の格子の隙間から、自転車置き場を眺める。高校一年生のとき、この場所でクラスメイトの女の子とメールアドレスを交換したことを思い出す。高校一年生のある時期、僕はその女の子ととても仲良くなって、あるときから急に目すら合わせなくなった。
そんなことばかり覚えている。
自転車置き場は、支柱も屋根の波板も、やはりあの頃と同じように錆びついていた。この場所では何もかもが錆びついていくらしかった。

 

門の向こう側はちょうど昼休みだったらしい。自転車置き場に隣接した部室棟では、野球部が部屋の前でだべっていて、その奥の中庭からもワイワイと騒ぐ生徒の声が聞こえていた。
そうだ。当時の僕は、このワイワイとした声も嫌いだった。実にいろんなものが嫌いだった。
休み時間になると逃げるように図書館に駆け出して、本にかじりついていたのだ。
文字通りかじりついていたから、昼食を食べるのもよく忘れたっけ。


しかし、僕が嫌いだったのはいま騒いでいる彼らではない。かつての僕が憎んでいたのは、かつての彼らの声だ。今の僕に、あの頃と同じように憎む筋合いは無い。
そんな声を聞きながら、塀に沿って正門へと回り込む。


あそこが体育館で、渡り廊下で…教室はどこだったろう。北校舎か、南校舎か。何階だったっけ。どれだけ丁寧に記憶をたどっても、3年生の教室がどこだったのか思い出せない。トイレのドアのシミとか図書カードのレイアウトとか、思い出せるのはそんなものばっかりだ。

半年前の夢の記憶のほうが、まだたしかに思い出せる。僕は本当にそこにいたのだろうか。

 

正門は自転車一台ぶんくらいの隙間を残して解放されていて、ちょうど何人かの生徒が帰るところだった。
おそらく受験を控えた3年生だろう。
僕は近くに立ち寄っただけなので、敷地内に入るつもりは毛頭なかった。
何しろあの頃は1秒でも早くここから出たかった。口実を見つけては保健室に駆け込み、早退届にサインをもらったものだ。
それでも、門扉の隙間を見ていると、立ち寄ってもいいような気がしてきてしまう。
受付に立ち寄って、卒業生であることさえ説明すれば、きっと案内くらいはしてくれるだろう。もしかしたら、同窓会名簿から名前を消してくれるかもしれない。


そう思って玄関の方を見ると、ひとりの先生がじっとこちらを見つめていた。
僕はその目線に見覚えがあった。やれやれ。いったい、10年後も同じ体育教師が勤務していて、休み時間にわざわざ正門を見張っているなんて誰が思うだろう?

ほんの少しの間だけ、その体育教師をにらんだあと、僕は黙って道を引き返した。
別に、何か叱られたり、釈明するのがめんどくさかったわけではない。
僕はただ、自分の卒業後の人生と、掘り返されるべきではないプライベートな三年間を、他人の口を通じて喋られることがたまらなく不快だっただけた。
結局のところ、僕の「母校」に対する嫌悪感は、何ひとつ変わらなかったのた。

 

10年も経てば、何かを許せるような気持ちや懐かしさが生まれるかと思ったけど、そんなことはない。何も変わらない。
良くも悪くも、あの頃と同じだった。それは多分、僕も校舎も同じだ。
そしてそれは僕だけが、他の人間に取り残されていることの所作に他ならないのだ。
たとえ、僕とは世代が違う彼らの声が校舎に満ちていても、本質的には何ひとつ変わるところがない。

 

かつての通学路を辿っていると、氷のような雪が降ってきた。
それらは埃か何かのように僕のコートにまとわりついたあと、なんの後も残さずにすぐに溶けてしまう。


そういえば、あのむせ返るような甘いお菓子の匂いがしない。こんな湿気の強い日には、あの甘ったるい臭いが、服の繊維にまで深々と染みるものだった。
僕はたぶん、確かに18才から遠ざかっている。

どうしても外せないアポイントメントの時間が、迫っていた。

 

 

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カメラ、壊れる。そして20万のカメラの魅力に耐える

雑記 雑記-カメラ初心者日記

何かとここの所絶好調だった僕のミラーレスカメラが突然不調になったので、20万のカメラの魔力に耐えれるのか自分を試してみました。

なぜ壊れたのか、僕の大切なolympus E-P5……

レンズ交換時に乱暴をしてしまったのか、ロック部分のピンが動作しなくなってしまい、レンズを認識しない。
ああ、そうだ。僕は元来、物の扱いが雑な人間だったのだ。どこで壊してしまったのだろう。

なんとかしようとガチャガチャしていたら、何かの拍子に故障部分が復旧して、どうにかレンズを認識してくれた。


というわけで、現在は12-40mmの便利レンズをつけっぱなしにしている。
おそらく、これを外すと二度と再装着できないだろう。

 

さて、こうなってくると当然修理をしなければならない。
僕はこのカメラでまだまだ頑張って行きたかったし、そうでなくともダイアル部分やシャッターなどに不調部分が多いのだ。

http://cs.olympus-imaging.jp/jp/support/cs/digital/service/price01.html
オリンパスのカメラの修理の概算はこのくらい。
今回はダイヤル部とシャッターの修理、それからリング部分の修理になる。
まあ大体2〜3万ってくらいだろうか。僕はfotopusの会員なので10%は割引できるが、それでも4年前のカメラに2〜3万を費やすのは少しもったいない。
かといって、同型機の中古を買うべきか?それもちょっと違うだろう。

 

そんなわけで僕の頭の中にむくむくと雑念が湧き上がってくる。
「どうせならいま一番欲しい機種を衝動買いすればいい。遅かれ早かれ買うのだ」

そう、僕は年末のOM-D E-M1
mark2 お披露目体験会以来、完全にあの機種の虜である。


いつか持ちたい伝説の武器。しかし今ではない。耐えねばならぬ。買い換えるタイミングがきっとくる。そう思ってここまできたのだ。
……そこでまさかの我が相棒の突然の不幸である。
これは今こそ「タイミングなのでは?」と邪推する僕のこの心を、責められる人間かどれだけいようか?
確かに軍資金も無い。ステータス振りも上手くいってないから使いこなせるとは限らない。
しかし、今こそ行くべきでは無いだろうか!?

 

はやる気持ちを抑えられず、僕は修理のためにオリンパスのサービスセンターに行くことすらなく、梅田のヨドバシに殴りこんだ。
全国的に品薄なE-M1 mark2が、そこにはあるのだ。
フラフラとたどりついた販売コーナーで、僕がカメラを触り始める。
販売員のお兄さんが怪訝な顔をしている。何がおかしい。僕もオリンパスユーザーだぞ。ひれ伏せ。ちゃんと使い方も分かっている。
とりあえずまずは適当に設定をいじって……
というところで1回目の商品タグの警報が鳴る。僕の何かがカメラの気に食わなかったらしい。
気にしないでレンズを構えて、何度か1秒耐えれるかのチェックを…してるうちにまだまだ警報が鳴る。
どうやら、ヤバい客としてマークされたらしい。
その後もなんども鳴らしながら試し続けること30分。値札を眺めること30分。
なんとかカメラの魅力から逃げ切ることができた。
危ないところだった。心が壊れてゴールドクレジットカードを作って闇の力で買おうとするところだった。

いやそれにしてもしかし、在庫があって直ぐに買えて、ヨドバシでドンできると思うと理性が削られてよくないですね。
いっそ買ったら楽だったんろうけど……
これがカメラを衝動買いするわけである。となんとなく僕もわかった。恐ろしい。沼の底から声が聞こえてきた…

 

とにかく、現状で機材は使っていけるようになっなので、改めて相棒とやっていきたいです。
機材は大事にしなきゃダメだ。