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そりゃまあ僕も

20代会社員、男、音楽とギターと小説と、日々思ったことの雑記、雑な日記

とてもつらい

音楽や小説が好きな人が書いてます。主なカテゴリ↓

口から他の動物を食べると気持ちよくなるって面白くないですか?

雑記 雑記-日記

食欲不振だ。夏バテというやつかもしれない。
あるいはもっと何か深刻な肉体設定の原因かもしれないが、もちろん僕にそんなものはなく要するに食欲不振である。
ガリガリと体重が落ちていて現在45kgを切った。女子高生レベルである女子高生に戻りたい。男だけど。

 

食欲不振のことを世間ではよく誤解されている。気合い入れて食えばなんとかなる!とかついついマッチョで前世紀的な根性論で檄を飛ばしてくる昭和原人の気持ちも理解できないわけではない。
僕に言わせれば、食欲不振というのは食欲がない状態ではなく、食欲を思い出せなくなる状態のことだと思う。
目の前にある食べ物が食べ物だと結びつかない。メニューの写真を見ても店内の臭いを嗅いでも食欲がこみ上げない。スーパーに行けばうどんとめんつゆを買い溜めて帰ってしまう。

いざ料理をしようとなんか口の中で内蓋が閉じられたような感覚になる。


そして、そのまま食欲を思い出せないまま、食欲についてあれこれ邪推してしまう。
例えば、「冷静に考えて、他の生き物を分解・加熱加工したものを経口摂取すると体が気持ちよくなるというのは、相当オモシロバイオリズムである気がしないだろうか」といった類の妄想だ。
またそんなこともできないくらい弱ってるとき(食欲不振でもフラフラになるときはある)食べること自体がなにか許されない罪を犯しているような自責の念と結びつき、最終的に憎悪へと変わる。鳥さん可哀想><ではないけれど、わざわざこいつらを食べてどうするのかとおもう。

 

ただ食べるだけでうだうだと悩んじゃうから結果的にほとんど食べなくてもいいじゃないという発想になる。
そしてゴリゴリと痩せる。スコップでかき氷を削り取るように痩せる。

願わくばまたそろそろ体重を戻したいんだけど、こまったものである。またプロテインかなあ

 

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混んだ皮膚科と秋の終わりのディズニーランド

雑記 雑記-日記

慢性蕁麻疹の薬をもらいに、久しぶりに皮膚科に行ったところひどく待たされて閉口した。

僕が受付した時点で15人待ちということでもちろん覚悟はしていた。僕は元来待つのが嫌いな方ではないし、この手の時間の潰し方ならいくらでも知っている。

それでも、気持ちよく晴れた休日の午前が、待合室の椅子の上でドロドロに溶けていくのを眺めているのはあまり気持ちのいいものではなかった。

 

結局のところ、僕らがどれだけ覚悟を決めたところで、時間の流れ方が変化するわけではない。鈍感になることを覚悟と呼ぶのならば、僕は刺激に敏感な自身の皮膚感覚を鈍感にするべきだった。

僕は待合室のソファの端に座り、文庫本を読んでいた。比較的混んでいるにも関わらず、僕の隣に座ろうとする人は誰もいなかった。みんな予約を済ませていて、座る間も無く待合室に吸い込まれていった。

そんな人々を横目に見ながら、僕は何年か前のディズニーランドを思い出していた。

そのときも僕は、効率的に生きる人々を眺めながら、自分の時間を潰していた。ただひとつ、今の自分と違ったのは、そのときにはまだ僕の隣に誰かがいたことである。

ある秋の終わり、僕と彼女は某国の入国審査を受けるべく、千葉の片隅で長蛇の列に並んでいた。

いやに冷たい風が吹く日で、我々は薄手のコートのポケットの中で互いの手をつなぎ、ただただ震えながら順番を待っていた。

顔がカチカチに固まってしまって、ろくに喋ることもできなかった。消費期限切れの食パンになったような気分だった。

僕たちの横をカラフルで醜い服装の団体客が次々と通り過ぎていった。彼らのツアーパックには順番待ちが含まれていないのだ。


「僕たちも予約か何かしておけば良かった」

冷えきった表情に精一杯の申し訳なさを浮かべて僕はそう言った。彼女は何も言わず、代わりにコートの中で僕の手を強く握り返した。

 

その頃僕たちは遠距離恋愛をしていた。僕は前日の朝に東京に到着し、彼女の部屋で一泊した。そしてその日の夜には新幹線で大阪に戻らなくてはならなかった。会うのは半年ぶりだった。

その日は本当なら2人きりでだらだらと過ごすつもりだったのだけど、何かのはずみで千葉行きに予定が変わった。理由は覚えていないが、予定が空白であることを気まずく思う程度には、互いに遠慮をしていたのだと思う。


過ごせる時間の少なさだって我々は覚悟して受け入れていた。2人とも会えない時間を有効に使う術をたくさん身につけていた。
時間潰しに長けることのメリットは、たとえ待ち時間が無駄になろうともそこに意義を見出せる点にある。

鈍感になることを覚悟と呼ぶのならば、僕は最後まで愚鈍であり続けた。 

 

だから、去年、彼女の結婚を知ったときも、僕は特別何も思わなかった。

なにしろこうして皮膚科で順番待ちを強いられるまで、あれほど強く手を握り合っていたことすら忘れていたのだ。

 

あの後僕らは何を話したのだっけ?ディズニーランドの入場列に並んで、秋の終わりの風に吹かれて、それからどうしたのだろう?

僕が彼女の手の感触を辿っていると、診察室の中から僕の名を呼ぶ声がした。

慌てて立ち上がると、それまで僕が思い出そうとしていたものたちが、ぼんやりと遠くに行ってしまうような気がした。


やれやれ。僕はやはり予約を入れておくべきだったのだ。